大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(行ウ)58号 判決 1990年7月23日

原告

学校法人神戸弘陵学園

右代表者理事

溝田弘利

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克巳

福島正

被告

中央労働委員会

右代表者会長

石川吉右衛門

右指定代理人

萩澤清彦

小林昇

三浦弘道

西野幸雄

被告補助参加人

兵庫私学労働組合

右代表者執行委員長

向島郁子

右訴訟代理人弁護士

野田底吾

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が中労委昭和六二年(不再)第二八号事件につき平成元年二月一日付けでした命令を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告補助参加人は、原告を被申立人として、昭和六一年三月二四日、兵庫県地方労働委員会(以下、「兵庫県地労委」という。)に救済申立てをし(兵庫県地労委昭和六一年(不)第一号不当労働行為救済申立事件)、兵庫県地労委は、昭和六二年四月二四日付けで別紙(一)のとおりの命令(以下、「初審命令」という。)を発した。

原告は、右初審命令を不服として被告に再審査の申立てをしたところ(中労委昭和六二年(不再)第二八号事件)、被告は、平成元年二月一日付けで別紙(二)(略)のとおりの命令(以下、「本件命令」という。)を発し、右命令書の写しは同月二〇日原告に交付された。

2  しかしながら、本件命令は、事実認定及び法律判断を誤った違法なものであるから、その取消しを求める。

(一) 本件救済命令の引用する初審命令の「第一 認定した事実」についての認否は、次のとおりである。

(1)「1 当事者」について

すべて認める。

(2)「2 分会結成と通知」について

<1> (1)の事実中、田民俊英、藤田直孝、井本俊彦、井上和彦及び菊井義夫が組合に加入したこと、浅野充を分会長とする分会を結成したことは認めるが、右の者らの相談の経緯等は知らない。

<2> (2)の事実は認める。溝田弘利理事長(以下、「理事長」という。)は、昭和六〇年八月二〇日午後四時半ころ、右分会の結成通知書を見て初めて田民らの被告補助参加人組合への加入及び右分会の結成を知った。

(3)「3 分会員の学園就職時の照会者らに対する理事長らの対応」について

<1> (1)の事実(田民について)のうち、

アの事実は認める。

イの事実中、理事長が昭和六〇年八月二〇日午後七時半ころ学校法人神戸弘陵学園(以下、「学園」という。)本部を訪れた田民の父親と面会したことは認めるが、田民とその父親との間のやりとりは知らない、その余の事実は否認する。

理事長は、田民の紹介者である小西宅に電話連絡がとれなかったため、やむなく、田民の父親を通じて小西に連絡を入れようと考え、同日午後七時ころ電話をかけてきた田民の父親に田民が組合に加入した旨報告したところ、父親の方から学園に出向いて直接話したいというので、断るのも非礼と考えて時間を割いただけである。

<2> (2)事実(藤田について)のうち、

アの事実は認める。

イの事実中、藤田の父親が同月二一日午前一〇時ころ学園本部に電話をかけた際理事長が不在で、事前に理事長から事情を聞いていた副理事長が電話にでて藤田が組合に加入したことを連絡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

ウの事実は知らない。

副理事長は、理事長に代わって藤田の紹介者であるその父親に藤田が組合に加入したことを連絡しただけである。

<3> (3)の事実(井本について)のうち、

アの事実中、森川元議員が井本の父親に同月二〇日に電話し、翌日井本を伴って森川宅を訪ねるよう伝えたことは認めるが、その余の事実は知らない。理事長は、森川に対し、同日午後八時ころ、電話で井本が組合に加入したことを報告しただけであり、理事長から森川に対して井本への働き掛けを依頼したことはない。

イの事実中、森川が「わしの顔も立てて、この際やめてくれへんか」と述べたことは否認し、その余の事実は概ね認める。

ウの事実中、理事長が同日午前一一時半ころ森川宅を訪れ話し合いの場に加わったこと、その後一〇分ほどして副理事長が退席したこと、森川宅での話し合いが同日昼過ぎに終了したこと、その後理事長が誘って井本とその父親の三名で森川宅近くの喫茶店「ローズ」で昼食をともにしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

エ、オの各事実は知らない。

<4> (4)の事実(井上について)のうち、

アの事実は認める。

イの事実中、都築議員が同月二一日午前理事長に電話をかけたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(4)「4 組合の抗議」について

認める。

(二) 理事長の言動は、不当労働行為としての支配介入には該当しない。

(1) 前記組合結成通知書には、被告補助参加人組合に加入した者の氏名として田民、藤田、井本、井上及び菊井の氏名が記載されていたが、このうち、菊井を除く他の四名については、それぞれ学園への採用に当たり紹介者が存在し、それらの紹介者はいずれも理事長にとって疎かにできない大切な人達であったため、理事長は、労働組合への加入という重大な身上の変化が生じたことを報告しておくことが望ましいと考え、当日夕方、右四名の各紹介者に対して、順次電話で組合加入の事実を報告しようとしたにすぎない。理事長の企図したことは、右各紹介者に事実を報告することだけで他意はなかった。

もっとも、井本及び井上については、紹介者から多少の苦言を呈するような一幕もあったようであるが、それも一回きりのもので、組合員を動揺させるような内容、程度のものではないのみならず、理事長の意思に基づくものではなく紹介者らの独自の個人的判断によるものである。

使用者の言動が支配介入に該当するためには、不当労働行為意思に基づいて当該言動がなされることが必要であると解すべきところ、理事長の言動は、組合の団結に何らかの影響を与えようと企図したものでないから、支配介入にあたらない。

(2) 仮に、使用者によって組合の団結を侵害するような言動がなされたとしても、その言動に起因して現実に組合の組織、運営の自主性、主体性に何らかの影響が生じない場合には、原状回復主義に立つ不当労働行為制度による救済の対象を欠くことになるので、不当労働行為が成立する余地がないものと解すべきであるところ、本件において、田民らの紹介者等に対する理事長の報告によって、組合員が組合を脱退し、あるいは、深刻に動揺し、ために労働組合の団結に何らかの影響を生じたという結果はまったく発生していないから、理事長の言動は支配介入にあたらない。

(3) 理事長の言動は、威嚇、強制、報復、誘惑、利益誘導又は不利益予告等の要素を一切伴わないものであったから、不当労働行為にはあたらない。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  本件命令の理由は別紙(二)の命令書理由欄記載のとおりであって、被告の認定した事実及び判断に誤りはない。

三  被告補助参加人の主張

1  原告は、理事長は、田民ら組合員四名の紹介者らに対し、田民ら四名の身上に関する重大な事実である組合加入の事実を報告しただけで他意はなかったと主張するが、理事長は単に事実の報告をしたにすぎないものではなく、田民らの組合からの脱退の勧奨又は勧奨の依頼をしたものである。また、理事長がそのような報告をしたのは、右紹介者らがいずれも原告にとって疎かにできない人達であったためであるとの原告の説明では、田民ら四名の身上に関する多くの事実の中で殊更に組合加入の事実だけを取り上げて短時間内に奔走しなければならない合理的説明にはなっていない。

2  労働組合法七条三号の支配介入の成立には不当労働行為意思を必要としないから、理事長の言動に不当労働行為意思がないとする原告の主張は、そもそも失当である。

3  支配介入の成立には、労働者や労働組合の自主性が阻害される可能性が認められれば足り、干渉行為によって現実に組合員が減少したなどの結果の発生を要しないから、理事長の言動による結果の発生がない旨の原告の主張は、そもそも失当である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1のとおり、本件命令が発せられて原告に交付されたことは当事者間に争いがない。

二  本件命令認定事実中、次の事実は当事者間に争いがない。

すなわち、本件命令の引用する初審命令の「第一 認定した事実」のうち、「1 当事者」欄記載の事実、「2 分会結成と通知」欄記載の事実中、(1)のうち、田民、藤田、井本、井上及び菊井が組合に加入し、浅野を分会長として分会を結成したこと、(2)の事実、「3 分会員の学園就職時の紹介者らに対する理事長らの対応」欄記載の事実中、(1)アの事実、(1)イの事実のうち、理事長が昭和六〇年八月二〇日午後七時半ころ学園本部を訪れた田民の父親と面会したこと、(2)アの事実、(2)イの事実のうち、藤田の父親が同月二一日午前一〇時ころ学園本部に電話をかけた際理事長が不在で、事前に理事長から事情を聞いていた副理事長が電話にでて藤田が組合に加入したことを連絡したこと、(3)アの事実のうち、森川元議員が井本の父親に同月二〇日に電話し、翌日井本本人同道で森川宅を訪ねるよう伝えたこと、(3)イの事実のうち、森川が「わしの顔も立てて、この際やめてくれへんか」と述べた点を除くその余の事実、(3)ウの事実のうち、理事長が同日午前一一時半ころ森川宅を訪れ話合いの場に加わったこと、その後一〇分ほどして副理事長が退席したこと、森川宅での話合いが同日昼過ぎに終了したこと、その後理事長の誘いで井本とその父親の三名で森川宅近くの喫茶店「ローズ」で昼食をともにしたこと、(4)アの事実、(4)イの事実のうち、都築議員が同月二一日午前理事長に電話をかけたこと、「4 組合の抗議」欄記載の事実、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

三  右争いのない事実に、(証拠略)弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、(証拠略)この認定に反する部分は採用することができず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和五八年四月肩書地に神戸弘陵学園高等学校を開校して教育事業を営む学校法人であり、神戸市長田区大橋町四丁目三番五号に学園本部をおいている。

被告補助参加人は、兵庫県下の私立学校に勤務する教職員で組織する労働組合であり、その上部組織として兵庫県私立学校教職員組合連合(「私教連」)その下部組織として兵庫私学労働組合神戸弘陵学園分会(「分会」)がある。

2  昭和六〇年八月一一日、神戸弘陵学園高等学校教員である田民、藤田、井本、井上及び菊井は、被告補助参加人組合に加入し、既に同組合に加入していた浅野を分会長とする分会を結成した。

同月二〇日午前中、私教連、被告補助参加人組合及び分会は、連名で、田民、藤田、井本、井上及び菊井が被告補助参加人組合に加入し、浅野とともに分会を結成した旨記載した分会結成通知書を原告に郵送し、右通知書は、同日午後四時三〇分ころ、学園理事長であり神戸市議会議員でもある溝田弘利の手元に届いた。

理事長は、田民らの労働組合への加入と分会の結成をまったく予想しておらず、右通知によって初めてこれを知った。

3  原告が田民に対してとった働き掛けとその結果は次のとおりである。

(一)  理事長は、田民の組合加入結成を知ったため、前記分会結成通知のあった当日の午後六時ころ、田民が学園に就職した際の紹介者である小西神戸市議会議員に三回ほど電話をかけ、小西への連絡がとれなかったため、続けて田民の父親方に電話をかけたが、父親が不在であったので、電話にでた田民の母親に対して、父親が帰宅次第、緊急に田民に関する話をしたいので学園本部に電話をするようにと依頼した。その後、帰宅した田民の父親は、同日午後七時ころ学園本部の理事長に電話をかけ、直ちに学園本部に出向いて話をすることになった。

(二)  同日午後七時三〇分ころ、学園本部を訪れた田民の父親に対して、理事長は、前記分会結成通知書を示し、「学園に組合をつくられると困る。田民が組合から脱退するよう同人を説得してほしい」旨依頼した。

(三)  同月二一日午前八時三〇分ころ、理事長は、田民の父親に電話をかけ、田民を説得してくれたかと確認した。

(四)  田民の父親は、同日の夕食時に田民に対し、組合結成の事情を尋ね、組合加入結成によって勤務の目的が教育活動以外にそれることのないようにと忠告をした。

4  原告が藤田に対してとった働き掛けとその結果は次のとおりである。

(一)  理事長は、藤田の組合加入結成を知ったため、前記分会結成通知のあった当日の午後六時三〇分ころ、藤田の学園就職時の紹介者であり、今田町教育委員である藤田の父親方に電話をかけたが、父親は不在であったので、電話にでた藤田の母親に対して、父親が帰宅次第、学園本部に電話をするようにと依頼した。

(二)  藤田の父親が、翌日午前一〇時ころ学園本部に電話をかけると、理事長は不在で、代わりに理事長から事情を聞いていた副理事長溝田慶輔が電話にでて、藤田の父親に対して、「藤田には大いに期待していたが、分会結成通知の中に同人の名前があった。あなたの息子さんだから安心して採用したのに非常に残念である」などと述べ、「藤田が組合から脱退するよう同人を説得してほしい」旨依頼した。

(三)  藤田の父親は、右同日の夕刻、父親方を訪れた藤田に対して、右の電話での前記副理事長の話を伝え、組合加入結成の真偽を尋ねた上、無茶をしないようにと忠告し、また、右の事情を知った同人の母親は、孫ができたばかりなのにごたごたが続いて藤田の身上に影響が出ないかなどと心配して愚痴を述べた。

5  原告が井本に対してとった働き掛けとその結果は次のとおりである。

(一)  分会結成通知のあった当日の午後八時ころ、井本の学園就職時の紹介者である森川元市議会議員は、理事長からの連絡を受けて井本の父親に電話をかけ、理事長から組合をやめさせてくれという依頼があったので、翌日午前一一時に井本を同道して森川宅を訪れるように伝えた。

(二)  井本は、翌日学園へ行くのをやめ、父親とともに指定の時刻ころ、森川方を訪れた。井本は、間もなく同人方に来た副理事長同席の場で、森川から分会への加入の理由を尋ねられ、理事長の神戸弘陵学園高等学校の運営に対する不満を述べた。これに対し、森川は、自己の労働組合についての経験などを話した上、「わしの顔も立てて、この際やめてくれへんか」などと組合からの脱退を勧奨した。

(三)  同日午前一一時二〇分ころ、理事長は、森川方を訪れて右話し合いの場に加わり、約一時間にわたって、井本に対して、組合への加入の事情を尋ねるとともに、同人及びその父親に対して、組合からの脱退を勧奨した。井本は組合から脱退する意思はない旨の態度をとり続けたが、同人の父親は考え直させる旨答えるに至り、森川方を辞去するに際し、理事長が誘って森川方近くにある喫茶店「ローズ」に行き、同店において、理事長、井本及びその父親の三名で昼食をとりながらさらに同様の話が続けられた。

(四)  同日夜、井本の父親は、同人に対して組合から脱退するよう説得し、井本の母親も、このようなことが続くのでは井本自身も耐え難いであろうと同人に組合をやめるよう勧めた。

右の翌日ころ以降三、四日間、井本の学園への就職について紹介者となった森川を井本の父親に紹介した西本が井本方を訪れて、井本及びその両親に組合からの脱退を勧奨し、井本の両親は同人に組合からの脱退を懇願した。

(五)  こうしたことから、井本は、数日後には組合からの脱退を考え、藤田及び井上らに相談するなどしたが、結局右両名に説得されて脱退を思いとどまった。

6  原告が井上に対してとった働き掛けとその結果は次のとおりである。

(一)  理事長は、井上の組合加入結成を知ったため、前記分会結成通知のあった当日の午後七時ころ、井上の学園就職時の紹介者である都築芦屋市議会議員方に電話をかけ、同人が不在であったので、その家人に、同人の帰宅次第、学園本部に電話をするようにと依頼した。

(二)  翌日早朝、理事長に電話をして井上の組合加入結成の事実を知った都築は、井上が信仰している芦谷福音教会の主任牧師に電話で井上の組合加入に関して同人と話したい旨連絡し、右牧師から井上に電話連絡がとられて、同日午前九時過ぎころ、都築と井上は右教会で落ち合って話し合った。右都築は、理事長が井上と組合加入の問題について個人的に話し合いたい意向を持っているとして、自分のつらい立場も理解してほしい旨述べた。

(三)  右の経過からみて、理事長が都築に電話で伝えた趣旨は、井上の組合加入結成の事実を伝えることだけにとどまるものではなく、井上の組合からの脱退を勧奨するよう都築に依頼するものであった。

以上の事実が認められる。

四  右認定の事実に基づいて判断するに、右認定三の3の田民の父親に対する理事長の言動、同4の藤田の父親に対する副理事長の言動、同5の森川、井本及び同人の父親に対する理事長の言動、同6の都築に対する理事長の言動は、いずれも右各組合員の組合からの脱退を直接又は間接に勧奨するものであって、それ自体として客観的に労働組合の結成、運営に対する支配介入の意味をもつものであるから、労働組合法七条三号に該当することが明らかである。

五  以上のとおりであるから、初審命令を維持した本件命令に原告主張のような違法はなく、原告の請求は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)について民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 松本光一郎 裁判官 阿部正幸)

地労委命令主文

1 被申立人は、申立人組合の組合員に対し、学園就職時の紹介者を介するなどして、申立人組合からの脱退を勧奨し、もって申立人組合の自主的運営に支配介入してはならない。

2 被申立人は、本件命令書写し受領後一週間以内に、下記内容の文書を申立人組合に交付しなければならない。

命令書主文

本件再審査申立てを棄却する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例